2020年09月21日

恐怖症

ここ最近はだいぶ過ごしやすい気候になってきたのではないかと感じている。
先日ベランダに出て窓ガラスを水洗いしたら、その後首の後ろがヒリヒリと痛くて、ちょっとばかし日焼けだったのかもしれない。
夏が過ぎると嬉しいことが一つある。
それは自分にとっての天敵であり、恐怖のあいつらが一斉にくたばって街からいなくなってくれることだ。
あいつらとはバルタン星からきた侵略者のような見た目の恐ろしい生き物。




あまり世の中で取り上げられることのないマイナーなところで「蝉恐怖症」というのがあるらしい。
蝉に対する恐怖感は個人によって違うのかもしれないが、自分はデカくて太いくせに中身は空洞っぽいカサカサと乾いた感じが非常に生理的に気持ち悪くて怖い。
ころっとひっくり返って死んでるのかと思えば突然バタバタ暴れ出すのも恐ろしいのだ。
この蝉が自分の住んでるマンション周辺にものすごく多くて、マンションの壁に無数にひっついていて、とくに夜間は側を通ると威嚇するように鳴き声を上げてビビらせる。





以前夜中にゴミ出しに出たら、エレベーターのとこまで行く間に廊下の天井にいつものごとく蝉の野郎がひっついていやがって、うわ、怖ええなと身をすくめながら下を通り抜けてエレベータのドア前に行こうとすると、ジジッジジッっと威嚇するような音を出し始めた。
エレベーターがやってくるまでの長い時間を耐えながら、やっとドアが開いて籠の中に入ったら、信じられないことにその蝉野郎が乾いた羽音を立ててバタつかせながらまさに自分の顔めがけて飛んできたのである。
そんな、まじかよ?なんでえー!信じられないことである。
蝉は俺が蝉恐怖症であることを知ってて、嫌がらせをしてやろうと明確な意志を持って自分に特攻してきたとしか思えないような暴挙に出たのだ。
エレベータの来るのを待つ間、蝉よ来るな、来ないでと心の中で念じていたのを知ってるかのように。





悲鳴をあげたいところだったが、深夜だったので飲み込んだ。
代わりに捨てに行くために持ってたゴミ袋を振り上げて、必死にそれを振り回して蝉のエレベーターの籠内への侵入を阻止しようと戦った。
驚くことに蝉はしつこく旋回を重ねて、なんども特攻してきた。
それを必死に阻止しようとしてゴミ袋を振り回してる間に、閉じかけたエレベーターのドアは再び開いてしまったりして、こっちはもう泣きそうである。
恐怖が腹の底から背筋の神経を痺れさせ、頭に登ってくると、耳鳴りのような音が聞こえるってことが無いだろうか?
あるいは普段なら出ないような火事場の馬鹿力が、己の制御を無効にして発動してしまう。
心底怖いホラー映画の場面で、自分がその立場にいるような恐怖感。戦慄? 慄然?
まあ自分の語彙力では説明しきれない、一生のうち何度も無いような恐怖から発動する全身反射体験を味わった。
蝉が諦めて離れて行った後、ゴミ袋が破れて飛び出した中身を拾って、ゴミ捨て場に降りてゆくエレベータのドアが閉まるのを確認してやっと胸を撫で下ろすことができた。





エレベーターの籠内には防犯カメラが設置されてる。
深夜に一人のおっさんがパニック起こしながらゴミ袋を振り回して、飛び交う蝉と戦ってる映像は見られたく無い。
でも他人の目で見たらきっと大爆笑ものの動画だろうな。
クリント・イーストウッドの「許されざる者」で、病気の豚を追い立てるのにてこずって泥の中を転げ、馬に乗ろうとしたら馬にも嫌われるシーンがあり、それを見てた子供らにイーストウッド演じる主人公が「父さんは昔、動物たちにずいぶん酷いことをしたから、今になって仕返しをされている」というようなことを言う。
自分も子供の頃、ずいぶん戯れに昆虫たちをいじめて殺した。
子供だったから罪悪感が微塵もなかった。
やがて大人になったらなぜか虫が怖くなっていた。
虫が意志と恨みを持って自分に襲いかかってきてるような気がする時がある。
夢の中にも虫が出てきて苛む。
虫にとって自分は「許されざる者」なのだろう。




  


Posted by エコー  at 16:46Comments(0)WA/ COMMANDER

2020年09月12日

小さいことは良いことだ?

灼熱のピークは過ぎたのでしょうか、これからは台風の季節か?
先日の台風10号、関東には直接影響はなかったのですが、晴れているのに雷鳴、青い空がうっすら見えてるのに土砂降り、1日のうちにコロコロ空模様が変わる変な感じでした。




ウエスタンアームズのベレッタM1934を自分でビンテージ風に仕上げ直した物です。
もともとは中古で8千円ぐらいで手に入れた、相当くたびれたパーカー塗装のミリタリーバージョン。
ビンテージだけどイタリアっぽくお洒落な感じにできないかなと思って塗装しましたね。



ポイントはブローバックで前後するスライドによって表面が擦れたというのを再現したアウターバレル。
これは実銃の写真を参考にしてやったような気がします。
言い忘れましたが、この仕上げ直しをやったのもずいぶん昔のことなので、過去記事でその時のことはすでに紹介済みのエアガンです。
このモデルの好きなところは、ポケットに入るような小さなオートでありながら、手にとれば見た目にそぐわぬ重量感と、バラせばわかるプラパーツのなかなかの厚みによる剛性感。
そしてマグナブローバックによる瞬発力のあるブローバック。
更にテイクダウンがすごく簡単な設計・構造、あとは見た目の美しさ・デザインです。





先日中古サイトで昔のフィルム一眼レフカメラのOLYMPUS OM-1が入荷したのを偶然見つけ、美品という説明と様々な角度からの商品写真を眺めてるうちにムラムラと来てポチってしまいました。
特に古いカメラというのはモデルガンなどと比べるとはるかに実用品としての使用歴があるので、美品と言われてもそれだけの年代物にしてはということになる場合がほとんどです。
しかしちゃんとした中古カメラ店で購入すれば、ジャンクでなければ実用上問題がなく、一定期間の保証もついていたりします。
そして届いたカメラは、購入価格相応に傷みの少ない美品で、しかもオーバーホール済みということで、不具合は一切ありませんでした。





そのOLYMPUS OM-1というカメラは1972年の発売当時、他社の一眼レフカメラと比べてあり得ないほど小型軽量でありながら、機能的にも新しい技術を盛り込んだ妥協のない製品でした。
当時の制作秘話を語った記事をネットで見つけることができますが、そのことが評価をされ、この度、国立科学博物館の「未来技術遺産」に登録されました。







若い頃はなんでも最先端の物が好きで、古くなったものはパッパと捨て去ることが “クールな俺” 的に思っていました。
でもその自分自身が古くなってくると、昔のフィルムカメラや、もう中古でしか手に入らないモデルガンなどに何とも言えない愛着と当時の技術へのリスペクトが湧いてきます。
現存するだけ、時間と共にどんどん朽ちて壊れて消えていく物たちに愛が湧くのです。  


Posted by エコー  at 17:40Comments(0)WA/ M1934